モーパッサン

親ごころ  モオパッサン                ——- 秋田滋訳

一条の街道がこれから村へかかろうとするあたりに、這い込むような小さな家が一軒、道のほとりにたっていた。彼はむかしその家に住んでいた。土地の百姓のむすめを妻に迎えると、この男は車大工を稼業にして暮し[#「暮し」に傍点]をたてていた。夫婦そろっ...
モーパッサン

初雪  モオパッサン— 秋田滋訳

長いクロワゼットの散歩路が、あおあおとした海に沿うて、ゆるやかな弧を描いている。遥か右のほうに当って、エストゥレルの山塊がながく海のなかに突き出て眼界を遮り、一望千里の眺めはないが、奇々妙々を極めた嶺岑《みね》をいくつとなく擁するその山姿は...
モーパッサン

糸くず LA FICELLE モーパッサン Guy De Maupassant —–国木田独歩訳

市《いち》が立つ日であった。近在|近郷《きんごう》の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯《からだ》を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚《すね》はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしてい...
モーパッサン

狂人日記 ギィ・ドゥ・モオパッサン Guy de Maupassant— 秋田滋訳

彼は高等法院長として、清廉な法官として世を去った。非の打ちどころのないその生涯は、フランス中の裁判所の評判になった。弁護士、若い法律顧問、判事たちも、二つの凹んだ眼が光っている彼の痩せた顔に、大きな敬意を表するために、非常に低く頭を下げて挨...
モーパッサン

狂女            モオパッサン—– 秋田滋訳

実はねえ、とマテュー・ダントラン君が云った。――僕はその山鷸《やましぎ》のはなしで、普仏戦争当時の挿話をひとつ思い出すんだよ。ちと陰惨なはなしなんだがね。  君は、コルメイユの町はずれに僕がもっていた地所を知っているだろう。普魯西《プロシア...
モーパッサン

寡婦             モオパッサン——- 秋田滋訳

バヌヴィルの館《やかた》で狩猟が催されていた、その間のことである。その秋は雨が多くて陰気だった。赧《あか》い落葉は、踏む足のしたでカサとの音もたてず、降りつづく陰欝な霖雨《りんう》にうたれて、轍《わだち》のなかで朽ちていた。  あらまし葉を...
モーパッサン

ある自殺者の手記    モオパッサン         秋田滋訳

新聞をひろげてみて次のような三面記事が出ていない日はほとんどあるまい。  水曜日から木曜日にかけての深更《しんこう》、某街四十番地所在の家屋に住む者は連続的に二発放たれた銃声に夢を破られた。銃声の聞えたのは何某氏の部屋だった。ドアを開けてみ...
マクラウド

約束  フィオナ・マクラウド   Fiona Macleod—- 松村みね子訳

モイルの荒々しい水に洗われているアルバンの南方の王であったケリルが寂しい土地にたった一疋の猟犬をつれて一人で猟している時のことであった、ケリルはその時、同じ生命を持っている二人の生命は互に触れて一つになることがあるという事を見出した。  ケ...
マクラウド

髪あかきダフウト       フィオナ・マクラウド       Fiona Macleod—- 松村みね子訳

グラッドロンがブリタニイを領していたアルモリカ人の王であった時、即ちアルヴォルの王であった時、彼の名にまさる名はなかった。ジュートやアングル族の住む北の海辺の砂丘から肌黒いバスクの漁師どもが網を投げてすなどりする南の方まで、グラッドロンの名...
マクラウド

浅瀬に洗う女 フィオナ・マクラウド Fiona Macleod— 松村みね子訳

一 琴手トオカルがその友「歌のアイ」の死をきいた時、彼は三つの季節、即ち青い葉の季節、林檎の季節、雪の季節のあいだ、友のために悲しむ誓いを立てた。  友の死は彼を悲しませた。アイは、まことは、彼の国人ではなかった、しかしトオカルが戦場で倒れ...