モーパッサン

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頸飾り  モウパンサン—- 辻潤訳

その女というのは男好きのしそうなちょっと見奇麗な娘であった。このような娘は折々|運命《なにか》の間違いであまりかんばしくない家庭に生まれてくるものである。無論、持参金というようなものもなく、希望《のぞみ》など兎《う》の毛でついた程もなかった...
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墓  モオパッサン—– 秋田滋訳

一八八三年七月十七日、草木もねむる真夜なかの二時半のことである。ベジエ墓地のはずれに建っている小さなほったて[#「ほったて」に傍点]小屋に寐起《ねお》きをしている墓番は、台所のなかへ入れておいた飼犬がけたたましく吠えだしたので、その声に夢を...
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世界怪談名作集 幽霊 モーパッサン Guy De Maupassant ——岡本綺堂訳

私たちは最近の訴訟事件から談話に枝が咲いて、差押えということについて話し合っていた。それはルー・ド・グレネルの古い別荘で、親しい人たちが一夕《いっせき》を語り明かした末のことで、来客は交るがわるにいろいろの話をして聞かせた。どの人の話もみな...
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親ごころ  モオパッサン                ——- 秋田滋訳

一条の街道がこれから村へかかろうとするあたりに、這い込むような小さな家が一軒、道のほとりにたっていた。彼はむかしその家に住んでいた。土地の百姓のむすめを妻に迎えると、この男は車大工を稼業にして暮し[#「暮し」に傍点]をたてていた。夫婦そろっ...
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初雪  モオパッサン— 秋田滋訳

長いクロワゼットの散歩路が、あおあおとした海に沿うて、ゆるやかな弧を描いている。遥か右のほうに当って、エストゥレルの山塊がながく海のなかに突き出て眼界を遮り、一望千里の眺めはないが、奇々妙々を極めた嶺岑《みね》をいくつとなく擁するその山姿は...
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糸くず LA FICELLE モーパッサン Guy De Maupassant —–国木田独歩訳

市《いち》が立つ日であった。近在|近郷《きんごう》の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯《からだ》を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚《すね》はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしてい...
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狂人日記 ギィ・ドゥ・モオパッサン Guy de Maupassant— 秋田滋訳

彼は高等法院長として、清廉な法官として世を去った。非の打ちどころのないその生涯は、フランス中の裁判所の評判になった。弁護士、若い法律顧問、判事たちも、二つの凹んだ眼が光っている彼の痩せた顔に、大きな敬意を表するために、非常に低く頭を下げて挨...
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狂女            モオパッサン—– 秋田滋訳

実はねえ、とマテュー・ダントラン君が云った。――僕はその山鷸《やましぎ》のはなしで、普仏戦争当時の挿話をひとつ思い出すんだよ。ちと陰惨なはなしなんだがね。  君は、コルメイユの町はずれに僕がもっていた地所を知っているだろう。普魯西《プロシア...
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寡婦             モオパッサン——- 秋田滋訳

バヌヴィルの館《やかた》で狩猟が催されていた、その間のことである。その秋は雨が多くて陰気だった。赧《あか》い落葉は、踏む足のしたでカサとの音もたてず、降りつづく陰欝な霖雨《りんう》にうたれて、轍《わだち》のなかで朽ちていた。  あらまし葉を...
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ある自殺者の手記    モオパッサン         秋田滋訳

新聞をひろげてみて次のような三面記事が出ていない日はほとんどあるまい。  水曜日から木曜日にかけての深更《しんこう》、某街四十番地所在の家屋に住む者は連続的に二発放たれた銃声に夢を破られた。銃声の聞えたのは何某氏の部屋だった。ドアを開けてみ...