まだすこしもスポオツの流行《はや》らなかつた昔の冬の方が私は好きだ。
人は冬をすこし怖《こは》がつてゐた、それほど冬は猛烈で手きびしかつた。
人はわが家に歸るために、いささか勇氣を奮つて、
ベツレヘムの博士のやうに、眞つ白にきらきらしながら、冬を冒して行つたものだ。
さうして私たちの冬の慰めとなつてゐた、すばらしい焚火は、力づよく活氣のある焚火、本當の焚火だつた。
人は書きわづらつた、すつかり指がかじかんでしまつたので。
けれども、助力し合つて、夢みたり、失せやすい思ひ出をすこしでも引きとどめたりすることの、何んといふよろこび……
思ひ出はすぐそばにやつて來て、夏のときよりかずつとよくそれが見られたものだ。……人はそれに彩色までした。
かうして室内ではすべてが繪のやうだつた。
それにひきかへ戸外では、すべてが版畫の趣《おもむき》になつてゐた。
さうして樹々は、自分たちの家で、ランプをつけながら仕事をしてゐた……
底本:「堀辰雄作品集第五卷」筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日初版第1刷発行
底本の親本:「堀辰雄小品集・繪はがき」角川書店
1946(昭和21)年7月20日
初出:「四季 第十四号」
1936(昭和11)年3月10日
入力:tatsuki
校正:染川隆俊
2010年11月15日作成
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