忌々《ゆゝ》しき「死」の大君《おほぎみ》は慈悲の敵《あだ》なり、
昔より悲《かなしみ》の母、
かたくなに、言向《ことむ》けがたき司《つかさ》かな。
われも心に「憂愁《いうしう》」の種《たね》を播《ま》かれぬ、
いざさらば憂《うれ》ひて已《や》まじ
この舌《した》の君さいなみに倦《う》みぬとも。
われ今ここに君が身をつゆばかりだに
慈悲無しと思ふものから、
まがごとの大凶事《おほまがごと》と、君が罪
鳴《なら》して責めむ。世の人も知らぬにはあらず、
しかすがになほ憤《いきどほ》り、
けふよりぞ「愛」の惠《めぐみ》に歸依《きえ》すべき。
いと美《うつく》しき禮讓《れいじやう》はこの塵《ちり》の世を捨てたるか。
をみな心の麗《うるは》しき徳性さへもうせにしか。
わかき命《いのち》のまさかりに、
「愛」の色香《いろか》を毀《こぼ》ちたる憎き「死」の神。
この淑女《いらつめ》の誰《たれ》なるを、ここに語るは憚《はゞか》れど、
そが本性《ほんしやう》の氣高きを述べたればこそ人知らめ。
後世《ごせ》の福《さいはひ》得べき身ぞ
天《あま》つ御空《みそら》に此君を仰《あふ》ぎ見すらむ。
底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「家庭文芸 創刊号」
1907(明治40)年1月
入力:川山隆
校正:成宮佐知子
2012年10月12日作成
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