「歌」よ、ねがふは「愛」の神さがし求めて
かの君の前に伴ひ歌はなむ。
「歌」はわが身の言別を、主《しゆ》はかの君を
恐《おそれ》無《な》く正眼《まさみ》に見つゝ語りなむ。
禮《ゐや》には篤《あつ》き「歌」なれば、よしそれ唯《たゞ》の
ひとりにて、
げに往《ゆ》きぬとも、恐るべき事は無けねど、
安かれと、心|知《じら》ひに伴ふや
「愛」の神
それ後見《うしろみ》と傍らにあるこそよけれ、
かの君が「歌」の言の葉きゝ給ふ
その時なほも憤《いきどほり》解けもやらぬを
介添の「愛」の執成《つくろひ》無かりせば、
忽《たちま》ちにして侮蔑《さげすみ》の恥目あらむと。
「歌」よ、調《しらべ》も美しく「愛」に伴ひ
告げよかし、
まづ憐愍《あはれみ》を、かの君に乞ひ得たるのち
『わが君よ、われを送りしかの人の
いひけらく、
この言開《ことひらき》ねがはくば聞き給ひねと。
見よ「愛」は色よき君が力にて
思ふがままに、かの人の色を變《かは》らせ、
またよその淑女《いらつめ》をこそ思はすれ、
思《おもひ》の底の眞心はつひに動かじ』。
また歌へかし『わが君よ、かれが心は
信かたく
君に仕ふるそのほかに二心無し、
夙《つと》よりぞ君に歸《き》しぬ』と。かくてなほ
疑はゞ
重ねて歌へ『「愛」にこそ質《たゞ》し給へ』と。
終りには、いとしとやかに奏すべし
『このわが願《ねがひ》つひにしもかなふことなくば
よしむしろかれが命を絶ち給へ、
君に仕ふるかれが身はゆめ背かじ』と。
立去る前に憐愍の鑰《かぎ》とも仰ぐ
「愛」をよび
わが思ふことつばらかに述べよと乞ひて
『この「歌」の調《しらべ》の報いえさせむと
かの君の
かたへにとまり、ねもごろに言別《いひわけ》給ひ
かくて其願《そのねがひ》とどかば、かの君の
顏容《かんばせ》いとも麗はしき樣を示せ』と。
貴《あて》なるや、なれ、わが「歌」よ、心あらば
かくも歌ひて、とこしへの譽《ほまれ》をあげよ。
底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「芸苑 二ノ一」
1907(明治40)年1月
入力:川山隆
校正:成宮佐知子
2012年10月12日作成
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