きその日は思《おもひ》むすぼれ、とぼとぼと
馬を進むる憂《う》き旅路、これも旅かや
まのあたり、路《みち》のもなかに「愛」の神、
巡禮姿、しほたれて、衣手《ころもて》輕《かろ》し。
うれはしき其《その》かんばせは、さながらに、
位《くらゐ》はがれしやらはれのやつれ姿か、
憂愁《いうしう》の思《おもひ》にくれて吐息がち、
人目《ひとめ》を避けて、うなだるゝあはれの君よ。
ふとしもわれを見給ひて呼び給ふやう、
『われは、今、かの遠里《とほざと》をはなれ來ぬ。
さきにはそこに汝《なれ》が身の心《しん》の臟《ざう》をぞ
置きたれど、新《あらた》の悦《よろこび》得させむと
持ち來《きた》りぬ』とのたまひつ、忽《たちま》ちわれに
憑《つ》きたまひ、消え失せたるぞ不思議なる。
底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「家庭文芸 創刊号」
1907(明治40)年1月
入力:川山隆
校正:成宮佐知子
2012年10月12日作成
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