ありとあらゆるわが思     ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri —–上田敏訳

ありとあらゆるわが思《おもひ》、「愛」と語りて弛《たゆみ》なく
その種々《くさぐさ》の語《かたらひ》の數《かず》いと繁きひといろは、
勢《いきほひ》猛《まう》にわれをしも力の下に壓《お》さむとし、
またひといろは勢《いきほひ》を誇り語りて、らうがはし。
あるは望《のぞみ》を抱《いだ》きつゝ、悦《よろこび》われにあらしめつ、
あるは頻《しきり》にわれをしも憂《うれ》ひ悲しましむれども、
「憐《あはれみ》」仰ぐひとことは、すべての思《おもひ》皆おなじ、
心の底に潛みたる「恐《おそれ》」によりてふるひつゝ。
さてはいづれの思をば、頭の心と定むべき。
語り出《いで》むと思へども、語らふべきを吾知らず。
ただ茫然《ばうぜん》と、迷《まど》はしき「愛」の衢《ちまた》にひとり立つ。
かくて思《おもひ》のいづれにも適《かな》はむ事を求むれば、
他に詮術《せんすべ》のあらばこそ、口惜《くちを》しけれど吾は唯《たゞ》
身のまもりにと呼《よば》はらむ、かたきの姫の「憐《あはれみ》」を。

底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「明星 未歳・一」
   1907(明治40)年1月
入力:川山隆
校正:成宮佐知子
2012年10月12日作成
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