ボードレール 酔へ! ボードレール —– 富永太郎訳 常に酔つてゐなければならない。ほかのことはどうでもよい――ただそれだけが問題なのだ。君の肩をくじき、君の体《からだ》を地に圧し曲げる恐ろしい「時」の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく酔つてゐなければならない。 しかし何で酔ふのだ? 酒... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 人工天国 J.G.F.に ボードレール—– 富永太郎訳 親しい女よ、 良識《ボンサンス》はわれらに告げて居る、地上のものは殆んど存在してはゐない、真の現実はたゞ夢の中にあるのみだと。自然の幸福を消化するためには、人工の幸福に於けるが如く、まづそれを嚥み下す勇気を持たなければならない。しかも、こ... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 射的場と墓地 ボードレール—— 富永太郎訳 墓地見晴し御|休処《やすみどころ》――「妙な看板だな」――と我が散策者は独言つた――「それにしても、あれを見ると実際喉が渇く様に出来てゐる! きつとこゝの主人は、オラースや、エピキユールの弟子の詩人たちぐらゐは解つてゐるにちがひない。事によ... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 港 ボードレール ——富永太郎訳 港は人生の闘に疲れた魂には快い住家《すみか》である。空の広大無辺、雲の動揺する建築、海の変りやすい色彩、燈台の煌き、これらのものは眼をば決して疲らせることなくして、楽しませるに恰好な不可思議な色眼鏡である。調子よく波に揺られてゐる索具《つな... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 午前一時に ボードレール—— 富永太郎訳 やつと独りになれた! 聞えるものはのろくさい疲れきつた辻馬車の響ばかり。暫くは静寂が得られるのだ、安息とは行かないまでも。暴虐をほしいまゝにした人間の顔もたうたう消え失せた、俺を悩ますものはもう俺自身ばかりだ。 やつと俺にも闇に浸つて疲を... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 芸術家の告白祈祷 ボードレール—— 富永太郎訳 秋の日の暮方は何と身に沁み入ることだ。苦しいまでに身に沁みる。何故と言つて、朧ろげではあるが強さには事欠かぬ、えも言はれぬ或る感覚があるものだから。また、「無窮」の刃くらゐ鋭い刃はないものだから。 空と海との無限の中にわが眼を溺らせる味ひ... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 計画 ボードレール ——富永太郎訳 彼は淋しい大きな公園を散歩しながら独言つた、「あの女が襞の一杯ついてゐる贅を尽した宮廷服を着て、美しい黄昏《たそがれ》の中を、広い芝生と泉水に向つた宮殿の大理石の石段を降りて来たらどんなに美しいだらう! なぜといつて、あの女は生れつき王女の... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール 或るまどんなに 西班牙風の奉納物 ボードレール ——–富永太郎訳 わたくしのつかへまつる聖母さま、おんみの為に、わたくしの悲しみの奥深く、地下の神壇を建立《こんりふ》したい心願にござります。 わたくしの心のいと黒い片隅に、俗世の願ひ、また嘲けりの眼《め》の及ばぬあたり、おんみのおごそかな御像《みすがた》... 2019.06.07 ボードレール
ボードレール ANY WHERE OUT OF THE WORLD ボードレール ——富永太郎訳 人生は一つの病院である。そこに居る患者はみんな寝台を換へようと夢中になつてゐる。或るものはどうせ苦しむにしても、せめて煖爐の側でと思つてゐる。また或るものは窓際へ行けばきつとよくなると信じてゐる。 私はどこか他の処へ行つたらいつも幸福でゐ... 2019.06.07 ボードレール
チェーホフ 頸の上のアンナ АННА НА ШЕЕ アントン・チェーホフ Anton Chekhov—— 神西清訳 一 結婚式のあとではちょっとした茶菓さえ出なかった。新夫婦はシャンパンの盃を挙げて、それから直ぐ旅行服に着替えると停車場へ乗りつけた。陽気な結婚舞踏会や晩餐や、音楽や舞踊の代りに、彼等は五十里も隔たった修道院に参詣に出掛けるのであった。多く... 2019.06.06 チェーホフ