2019-06

ダンテ

歌よ、ねがふは ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri——– 上田敏訳

「歌」よ、ねがふは「愛」の神さがし求めて かの君の前に伴ひ歌はなむ。 「歌」はわが身の言別を、主《しゆ》はかの君を 恐《おそれ》無《な》く正眼《まさみ》に見つゝ語りなむ。禮《ゐや》には篤《あつ》き「歌」なれば、よしそれ唯《たゞ》の ひとりに...
ダンテ

よそ人のあざむが如く     ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri —–上田敏訳

よそ人のあざむが如く、君も亦あざみ給ふか 我君よ、君はた知らじ、覺りえじ、世に不思議にも 俤《おもかげ》のかくは移ろひ、變りたる深きいはれを、 そは君がたへなる色を仰ぎ見し惑ひ心地ぞ。我心、君もし知らば、『憐愍《あはれみ》』のいかで堪ふべき...
ダンテ

びるぜん祈祷 ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri ——–上田敏訳

母なるをとめ、わが子のむすめ、 賤しくして、また、なによりも尊く、 永遠の謀のさだかなるめあて、 君こそは人性を尊からしむれ、 物みなの造りぬしも、 其造りなるを卑まざりき。 その胎に照りたる愛は、 この花をとこ世に靜けく、 温め生ふし開き...
ダンテ

きその日は ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri ——–上田敏訳

きその日は思《おもひ》むすぼれ、とぼとぼと 馬を進むる憂《う》き旅路、これも旅かや まのあたり、路《みち》のもなかに「愛」の神、 巡禮姿、しほたれて、衣手《ころもて》輕《かろ》し。うれはしき其《その》かんばせは、さながらに、 位《くらゐ》は...
ダンテ

ありとあらゆるわが思     ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri —–上田敏訳

ありとあらゆるわが思《おもひ》、「愛」と語りて弛《たゆみ》なく その種々《くさぐさ》の語《かたらひ》の數《かず》いと繁きひといろは、 勢《いきほひ》猛《まう》にわれをしも力の下に壓《お》さむとし、 またひといろは勢《いきほひ》を誇り語りて、...
ダンテ

あはれ今  ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri ——–上田敏訳

あはれ、今、「愛」の路《みち》行《ゆ》く君たちよ、 止《とま》りても見よ、世の中《なか》に、 われのに似たる悲《かなしみ》をする人ありや。 願はくば、わが言ふところ、聞き終り、 さもこそと、憐《あはれ》み給へ、 われこそは憂愁《いうしう》の...
ゴーゴリ

鼻—- ニコライ・ゴーゴリ —–平井肇訳

一 三月の二十五日にペテルブルグで奇妙きてれつな事件がもちあがった。ウォズネセンスキイ通りに住んでいる理髪師《とこや》のイワン・ヤーコウレヴィッチ(というだけでその苗字は不明で、看板にも、片頬に石鹸の泡を塗りつけた紳士の顔と、【鬱血《こり》...
ゴーゴリ

狂人日記 ZAPISKI SUMASHEDSHAWO    ニコライ・ゴーゴリ       Nikolai Vasilievitch Gogoli —–平井肇訳

十月三日  けふといふ日にはずゐぶん變なことがあつた。朝、起きたのはかなり遲かつたが、マヴラが長靴の磨いたのを持つて來た時、いま何時だと訊いた。すると、もうとつくに十時を打ちましたとの答へに、おれは大急ぎで身じまひをした。正直なところ、役所...
ゴーゴリ

外套 ニコライ・ゴーゴリ —–平井肇訳

ある省のある局に……しかし何局とはっきり言わないほうがいいだろう。おしなべて官房とか連隊とか事務局とか、一口にいえば、あらゆる役人階級ほど怒りっぽいものはないからである。今日では総じて自分一個が侮辱されても、なんぞやその社会全体が侮辱されで...
ゴーゴリ

ディカーニカ近郷夜話 前篇 VECHERA NA HUTORE BLIZ DIKANIKI 紛失した国書(×××寺の役僧が語つた実話) PROPAVSHAYA GRAMOTA ニコライ・ゴーゴリ Nikolai Vasilievitch Gogoli —-平井肇訳

06  ぢやあ、もつとわしの祖父の話を聴かせろと仰つしやるんで?――よろしいとも、お伽になることなら、なんの、否むどころではありませんよ。ああ、何ごとも昔のこと、昔のこと! 遠い遠い、年代や月日のほども聢とはわかりかねる大昔にこの世にあつた...