白雪姫—–グリム——菊池寛訳

  むかしむかし、冬のさなかのことでした。雪が、鳥の羽のように、ヒラヒラと天からふっていましたときに、ひとりの女王《じょおう》さまが、こくたんのわくのはまった窓《まど》のところにすわって、ぬいものをしておいでになりました。女王さまは、ぬいものをしながら、雪をながめておいでになりましたが、チクリとゆびを針《はり》でおさしになりました。すると、雪のつもった中に、ポタポタポタと三|滴《てき》の血《ち》がおちました。まっ白い雪の中で、そのまっ赤な血《ち》の色が、たいへんきれいに見えたものですから、女王さまはひとりで、こんなことをお考えになりました。
「どうかして、わたしは、雪のようにからだが白く、血のように赤いうつくしいほっぺたをもち、このこくたん]のわくのように黒い髪《かみ》をした子がほしいものだ。」と。
 それから、すこしたちまして、女王さまは、ひとりのお姫《ひめ》さまをおうみになりましたが、そのお姫さまは色が雪のように白く、ほおは血のように赤く、髪の毛はこくたんのように黒くつやがありました。それで、名も白雪姫《しらゆきひめ》とおつけになりました。けれども、女王さまは、このお姫さまがおうまれになりますと、すぐおなくなりになりました。
 一年以上たちますと、王さまはあとがわりの女王さまをおもらいになりました。その女王さまはうつくしいかたでしたが、たいへんうぬぼれが強く、わがままなかたで、じぶんよりもほかの人がすこしでもうつくしいと、じっとしてはいられないかたでありました。ところが、この女王さまは、まえから一つのふしぎな鏡《かがみ》を持っておいでになりました。その鏡をごらんになるときは、いつでも、こうおっしゃるのでした。

 「鏡《かがみ》や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
  国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」

 すると、鏡はいつもこう答えていました。

 「女王さま、あなたこそ、お国でいちばんうつくしい。」

 それをきいて、女王さまはご安心なさるのでした。というのは、この鏡は、うそをいわないということを、女王さまは、よく知っていられたからです。
 そのうちに、白雪姫《しらゆきひめ》は、大きくなるにつれて、だんだんうつくしくなってきました。お姫さまが、ちょうど七つになられたときには、青々と晴れた日のように、うつくしくなって、女王さまよりも、ずっとうつくしくなりました。ある日、女王さまは、鏡の前にいって、おたずねになりました。

 「鏡や、鏡、壁にかかっている鏡よ。
  国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」

 すると、鏡は答えていいました。

 「女王《じょおう》さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
  けれども、白雪姫《しらゆきひめ》は、千ばいもうつくしい。」

 女王さまは、このことをおききになると、びっくりして、ねたましくなって、顔色を黄いろくしたり、青くしたりなさいました。
 さて、それからというものは、女王さまは、白雪姫をごらんになるたびごとに、ひどくいじめるようになりました。そして、ねたみと、こうまんとが、野原の草がいっぱいはびこるように、女王さまの、心の中にだんだんとはびこってきましたので、いまでは夜もひるも、もうじっとしてはいられなくなりました。
 そこで、女王さまは、ひとりのかりうどをじぶんのところにおよびになって、こういいつけられました。
「あの子を、森の中につれていっておくれ。わたしは、もうあの子を、二どと見たくないんだから。だが、おまえはあの子をころして、そのしょうこに、あの子の血《ち》を、このハンケチにつけてこなければなりません。」
 かりうどは、そのおおせにしたがって、白雪姫《しらゆきひめ》を森の中へつれていきました。かりうどが、狩《か》りにつかう刀《かたな》をぬいて、なにも知らない白雪姫の胸《むね》をつきさそうとしますと、お姫さまは泣いて、おっしゃいました。
「ああ、かりうどさん、わたしを助けてちょうだい。そのかわり、わたしは森のおくの方にはいっていって、もう家にはけっしてかえらないから。」
 これをきくと、かりうども、お姫さまがあまりにうつくしかったので、かわいそうになってしまって、
「じゃあ、はやくおにげなさい。かわいそうなお子さまだ。」といいました。
「きっと、けものが、すぐでてきて、くいころしてしまうだろう。」と、心のうちで思いましたが、お姫さまをころさないですんだので、胸の上からおもい石でもとれたように、らくな気もちになりました。ちょうどそのとき、イノシシの子が、むこうからとびだしてきましたので、かりうどはそれをころして、その血《ち》をハンケチにつけて、お姫さまをころしたしょうこに、女王さまのところに持っていきました。女王さまは、それをごらんになって、すっかり安心して、白雪姫は死んだものと思っていました。
 さて、かわいそうなお姫さまは、大きな森の中で、たったひとりぼっちになってしまって、こわくってたまらず、いろいろな木の葉っぱを見ても、どうしてよいのか、わからないくらいでした。お姫さまは、とにかくかけだして、とがった石の上をとびこえたり、イバラの中をつきぬけたりして、森のおくの方へとすすんでいきました。ところが、けだものはそばをかけすぎますけれども、すこしもお姫さまをきずつけようとはしませんでした。白雪姫は、足のつづくかぎり走りつづけて、とうとうゆうがたになるころに、一軒《けん》の小さな家《うち》を見つけましたので、つかれを休めようと思って、その中にはいりました。その家の中にあるものは、なんでもみんな小さいものばかりでしたが、なんともいいようがないくらいりっぱで、きよらかでした。
 そのへやのまん中には、ひとつの白い布《きれ》をかけたテーブルがあって、その上には、七つの小さなお皿《さら》があって、またその一つ一つには、さじに、ナイフに、フォークがつけてあって、なおそのほかに、七つの小さなおさかずきがおいてありました。そして、また壁《かべ》ぎわのところには、七つの小さな寝《ね》どこが、すこしあいだをおいて、じゅんじゅんにならんで、その上には、みんな雪のように白い麻《あさ》の敷布《しきふ》がしいてありました。
 白雪姫は、たいへんおなかがすいて、おまけにのどもかわいていましたから、一つ一つのお皿《さら》から、すこしずつやさいのスープとパンをたべ、それから、一つ一つのおさかずきから、一滴《てき》ずつブドウ酒《しゅ》をのみました。それは、一つところのを、みんなたべてしまうのは、わるいと思ったからでした。それが、すんでしまうと、こんどは、たいへんつかれていましたから、ねようと思って、一つの寝どこにはいってみました。けれども、どれもこれもちょうどうまくからだにあいませんでした。長すぎたり、短すぎたりしましたが、いちばんおしまいに、七ばんめの寝どこが、やっとからだにあいました。それで、その寝どこにはいって、神さまにおいのりをして、そのままグッスリねむってしまいました。
 日がくれて、あたりがまっくらになったときに、この小さな家の主人たちがかえってきました。その主人たちというのは、七人の小人《こびと》でありました。この小人たちは、毎日、山の中にはいりこんで、金や銀《ぎん》のはいった石をさがして、よりわけたり、ほりだしたりするのが、しごとでありました。小人《こびと》はじぶんたちの七つのランプに火をつけました。すると、家の中がパッとあかるくなりますと、だれかが、その中にいるということがわかりました。それは、小人たちが家をでかけたときのように、いろいろのものが、ちゃんとおいてなかったからでした。第一の小人が、まず口をひらいて、いいました。
「だれか、わしのいすに腰《こし》をかけた者があるぞ。」
 すると、第二の小人がいいました。
「だれか、わしのお皿《さら》のものをすこしたべた者があるぞ。」
 第三の小人がいいました。
「だれか、わしのパンをちぎった者があるぞ。」
 第四の小人がいいました。
「だれか、わしのやさいをたべた者があるぞ。」
 第五の小人がいいました。
「だれかわしのフォークを使った者があるぞ。」
 第六の小人《こびと》がいいました。
「だれか、わしのナイフで切った者があるぞ。」
 第七の小人がいいました。
「だれか、わしのさかずきでのんだ者があるぞ。」
 それから、第一の小人が、ほうぼうを見まわしますと、じぶんの寝《ね》どこが、くぼんでいるのを見つけて、声をたてました。
「だれが、わしの寝どこにはいりこんだのだ。」
 すると、ほかの小人《こびと》たちが寝《ね》どこへかけつけてきて、さわぎだしました。
「わしの寝どこにも、だれかがねたぞ。」
 けれども、第七ばんめの小人は、じぶんの寝どこへいってみると、その中に、はいってねむっている白雪姫を見つけました。こんどは、第七ばんめの小人が、みんなをよびますと、みんなは、なにがおこったのかと思ってかけよってきて、びっくりして声をたてながら七つのランプを持ってきて白雪姫をてらしました。
「おやおやおやおや、なんて、この子は、きれいなんだろう。」と、小人《こびと》はさけびました。それから小人たちは、大よろこびで、白雪姫《しらゆきひめ》をおこさないで、寝《ね》どこの中に、そのままソッとねさせておきました。そして、七ばんめの小人は、一時間ずつほかの小人の寝どこにねるようにして、その夜をあかしました。
 朝になって、白雪姫は目をさまして、七人の小人を見て、おどろきました。けれども、小人たちは、たいへんしんせつにしてくれて、「おまえさんの名まえはなんというのかな。」とたずねました。すると、
「わたしの名まえは、白雪姫というのです。」と、お姫さまは答えました。
「おまえさんは、どうして、わたしたちの家《うち》にはいってきたのかね。」と、小人たちはききました。そこで、お姫さまは、まま母が、じぶんをころそうとしたのを、かりうどが、そっと助けてくれたので、一日じゅう、かけずりまわって、やっと、この家を見つけたことを、小人たちに話しました。その話をきいて、小人たちは、
「もしも、おまえさんが、わしたちの家の中のしごとをちゃんと引きうけて、にたきもすれば、おとこものべるし、せんたくも、ぬいものも、あみものも、きちんときれいにする気があれば、わしたちは、おまえさんを家《うち》においてあげて、なんにもふそくのないようにしてあげるんだが。」といいました。
「どうぞ、おねがいします。」と、お姫さまはたのみました。それからは、白雪姫《しらゆきひめ》は、小人《こびと》の家にいることになりました。
 白雪姫は、小人の家のしごとを、きちんとやります。小人の方では毎朝、山にはいりこんで、金や銀《ぎん》のはいった石をさがし、夜になると、家にかえってくるのでした。そのときまでに、ごはんのしたくをしておかねばなりませんでした。ですから、ひるまは白雪姫は、たったひとりでるすをしなければなりませんので、しんせつな小人たちは、こんなことをいいました。
「おまえさんのまま母さんに用心なさいよ。おまえさんが、ここにいることを、すぐ知るにちがいない。だから、だれも、この家の中にいれてはいけないよ。」
 こんなことはすこしも知らない女王さまは、かりうどが白雪姫をころしてしまったものだと思って、じぶんが、また第一のうつくしい女になったと安心していましたので、あるとき鏡《かがみ》の前にいって、いいました。
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「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
 国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
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 すると、鏡が答えました。
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「女王《じょおう》さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、いくつも山こした、
 七人の小人の家にいる白雪姫《しらゆきひめ》は、
 まだ千ばいもうつくしい。」
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 これをきいたときの、女王さまのおどろきようといったらありませんでした。この鏡は、けっしてまちがったことをいわない、ということを知っていましたので、かりうどが、じぶんをだましたということも、白雪姫が、まだ生きているということも、みんなわかってしまいました。そこで、どうにかして、白雪姫をころしてしまいたいものだと思いまして、またあたらしく、いろいろと考えはじめました。女王さまは、国じゅうでじぶんがいちばんうつくしい女にならないうちは、ねたましくて、どうしても、安心していられないからでありました。
 そこで、女王さまは、おしまいになにか一つの計略《けいりゃく》を考えだしました。そしてじぶんの顔を黒くぬって、年よりの小間物屋《こまものや》のような着物《きもの》をきて、だれにも女王さまとは思えないようになってしまいました。こんなふうをして、七つの山をこえて、七人の小人《こびと》の家にいって、戸をトントンとたたいて、いいました。
「よい品物《しなもの》がありますが、お買いになりませんか。」
 白雪姫はなにかと思って、窓《まど》から首をだしてよびました。
「こんにちは、おかみさん、なにがあるの。」
「上等《じょうとう》な品で、きれいな品を持ってきました。いろいろかわったしめひもがあります。」といって、いろいろな色の絹糸《きぬいと》であんだひもを、一つ取りだしました。白雪姫は、
「この正直《しょうじき》そうなおかみさんなら、家の中にいれてもかまわないだろう。」と思いまして、戸をあけて、きれいなしめひもを買いとりました。
「おじょうさんには、よくにあうことでしょう。さあ、わたしがひとつよくむすんであげましょう。」と、年よりの小間物屋《こまものや》はいいました。
 白雪姫は、すこしもうたがう気がありませんから、そのおかみさんの前に立って、あたらしい買いたてのひもでむすばせました。すると、そのばあさんは、すばやく、そのしめひもを白雪姫の首をまきつけて、強くしめましたので、息ができなくなって、死んだようにたおれてしまいました。
「さあ、これで、わたしが、いちばんうつくしい女になったのだ。」といって、まま母はいそいで、でていってしまいました。
 それからまもなく、日がくれて、七人の小人《こびと》たちが、家にかえってきましたが、かわいがっていた白雪姫が、地べたの上にたおれているのを見たときには、小人たちのおどろきようといったらありませんでした。白雪姫は、まるで死人のように、息もしなければ、動きもしませんでした。みんなで白雪姫を地べたから高いところにつれていきました。そして、のどのところが、かたくしめつけられているのを見て、小人たちは、しめひもを二つに切ってしまいました。すると、すこし息をしはじめて、だんだん元気づいてきました。小人たちは、どんなことがあったのかをききますと、姫はきょうあった、いっさいのことを話しました。
「その小間物売《こまものう》りの女こそ、鬼《おに》のような女王にちがいない。よく気をつけなさいよ。わたしたちがそばにいないときには、どんな人だって、家にいれないようにするんですよ。」と。
 わるい女王の方では、家にかえってくると、すぐ鏡《かがみ》の前にいって、たずねました。
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「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
 国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
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 すると、鏡は、正直《しょうじき》にまえとおなじに答えました。
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「女王さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、いくつも山こした、
 七人の小人《こびと》の家にいる白雪姫は、
 まだ千ばいもうつくしい。」
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と、このことを女王さまがきいたときには、からだじゅうの血《ち》がいっぺんに、胸《むね》によってきたかと思うくらいおどろいてしまいました。白雪姫が、また生きかえったということを知ったからです。
「だが、こんどこそは、おまえを、ほんとうにころしてしまうようなことを工夫《くふう》してやるぞ。」そういって、じぶんの知っている魔法《まほう》をつかって、一つの毒《どく》をぬった櫛《くし》をこしらえました。それから、女王さまは、みなりをかえ、まえとはべつなおばあさんのすがたになって、七つの山をこえ、七人の小人のところにいって、トントンと戸をたたいて、いいました。
「よい品物《しなもの》がありますが、お買いになりませんか。」
 白雪姫は、中からちょっと顔をだして、
「さあ、あっちにいってちょうだい。だれも、ここにいれないことになっているんですから。」
「でも、見るだけなら、かまわないでしょう。」
 おばあさんはそういって、毒《どく》のついている櫛《くし》を、箱《はこ》から取りだし、手のひらにのせて高くさしあげてみせました。ところが、その櫛がばかに、白雪姫のお気にいりましたので、その方に気をとられて、思わず戸をあけてしまいました。そして、櫛を買うことがきまったときに、おばあさんは、
「では、わたしが、ひとつ、いいぐあいに髪《かみ》をといてあげましょう。」といいました。
 かわいそうな白雪姫は、なんの気なしに、おばあさんのいうとおりにさせました。ところが、櫛《くし》の歯《は》が髪の毛のあいだにはいるかはいらないうちに、おそろしい毒が、姫の頭《あたま》にしみこんだものですから、姫はそのばで気をうしなってたおれてしまいました。
「いくら、おまえがきれいでも、こんどこそおしまいだろう。」と、心のまがった女は、きみのわるい笑いを浮かべながら、そこをでていってしまいました。
 けれども、ちょうどいいぐあいに、すぐゆうがたになって、七人の小人《こびと》がかえってきました。そして、白雪姫が、また死んだようになって、地べたにたおれているのを見て、すぐまま母のしわざと気づきました。それで、ほうぼう姫のからだをしらべてみますと、毒《どく》の櫛《くし》が見つかりましたので、それをひきぬきますと、すぐに姫は息をふきかえしました。そして、きょうのことを、すっかり小人たちに話しました。小人たちは、白雪姫にむかってもういちど、よく用心して、けっしてだれがきても、戸をあけてはいけないと、ちゅういしました。
 心のねじけた女王さまは、家にかえって、鏡《かがみ》の前に立っていいました。
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「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
 国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
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 すると、鏡は、まえとおなじようにに答えました。
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「女王さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
 けれども、いくつも山こした、
 七人の小人の家にいる白雪姫は、
 まだ千ばいもうつくしい。」
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 女王さまは、鏡《かがみ》が、こういったのをきいたとき、あまりの腹《はら》だちに、からだじゅうをブルブルとふるわしてくやしがりました。
「白雪姫のやつ、どうしたって、ころさないではおくものか。たとえ、わたしの命がなくなっても、そうしてやるのだ。」と、大きな声でいいました。それからすぐ、女王さまは、まだだれもはいったことのない、はなれたひみつのへやにいって、そこで、毒《どく》の上に毒をぬった一つのリンゴをこさえました。そのリンゴは、見かけはいかにもうつくしくて、白いところに赤みをもっていて、一目見ると、だれでもかじりつきたくなるようにしてありました。けれども、その一きれでもたべようものなら、それこそ、たちどころに死んでしまうという、おそろしいリンゴでした。
 さて、リンゴが、すっかりできあがりますと、顔を黒くぬって、百|姓《しょう》のおかみさんのふうをして、七つの山をこして、七人の小人《こびと》の家へいきました。そして、戸をトントンとたたきますと、白雪姫が、窓《まど》から頭《あたま》をだして、
「七人の小人が、いけないといいましたから、わたしは、だれも中にいれるわけにはいきません。」といいました。
「いいえ、はいらなくてもいいんですよ。わたしはね、いまリンゴをすててしまおうかと思っているところなので、おまえさんにも、ひとつあげようかと思ってね。」と、百|姓《しょう》の女はいいました。
「いいえ、わたしはどんなものでも、人からもらってはいけないのよ。」と、白雪姫はことわりました。
「おまえさんは、毒《どく》でもはいっていると思いなさるのかね。まあ、ごらんなさい。このとおり、二つに切って、半分はわたしがたべましょう。よくうれた赤い方を、おまえさんおあがりなさい。」といいました。
 そのリンゴは、たいへんじょうずに、こしらえてありまして、赤い方のがわだけに、毒《どく》がはいっていました。白雪姫は、百姓のおかみさんが、さもうまそうにたべているのを見ますと、そのきれいなリンゴがほしくてたまらなくなりました。それで、ついなんの気なしに手をだして、毒《どく》のはいっている方の半分を受けとってしまいました。けれども、一かじり口にいれるかいれないうちに、バッタリとたおれ、そのまま息がたえてしまいました。すると、女王さまは、そのようすをおそろしい目つきでながめて、さもうれしそうに、大きな声で笑いながら、
「雪のように白く、血《ち》のように赤く、こくたん[#「こくたん」に傍点]のように黒いやつ、こんどこそは、小人《こびと》たちだって、助けることはできまい。」といいました。そして、大いそぎで家にかえりますと、まず鏡《かがみ》のところにかけつけてたずねました。
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「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
 国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」
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 すると、とうとう鏡が答えました。
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「女王さま、お国でいちばん、あなたがうつくしい。」
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 これで、女王さまの、ねたみぶかい心も、やっとしずめることができて、ほんとうにおちついた気もちになりました。
 ゆうがたになって、小人たちは、家にかえってきましたが、さあたいへん、こんども、また白雪姫が、地べたにころがって、たおれているではありませんか。びっくりして、かけよってみれば、もう姫の口からは息一つすらしていません。かわいそうに死んで、もうひえきってしまっているのでした。小人たちは、お姫さまを、高いところにはこんでいって、なにか毒《どく》になるものはありはしないかと、さがしてみたり、ひもをといたり、髪《かみ》の毛をすいたり、水や、お酒で、よくあらってみたりしましたが、なんの役にもたちませんでした。みんなでかわいがっていたこどもは、こうしてほんとうに死んでしまって、ふたたび生きかえりませんでした。
 小人たちは、白雪姫のからだを、一つの棺《かん》の上にのせました。そして、七人の者が、のこらずそのまわりにすわって、三日三晩泣きくらしました。それから、姫をうずめようと思いましたが、なにしろ姫はまだ生きていたそのままで、いきいきと顔色も赤く、かわいらしく、きれいなものですから、小人たちは、
「まあ見ろよ。これを、あのまっ黒い土の中に、うめることなんかできるものか。」そういって、外から中が見られるガラスの棺《かん》をつくり、その中に姫のからだをねかせ、その上に金文字《きんもじ》で白雪姫という名を書き、王さまのお姫さまであるということも、書きそえておきました。それから、みんなで、棺を山の上にはこびあげ、七人のうちのひとりが、いつでも、そのそばにいて番をすることになりました。すると、鳥や、けだものまでが、そこにやってきて、白雪姫のことを泣きかなしむのでした。いちばんはじめにきたのは、フクロウで、そのつぎがカラス、いちばんおしまいにハトがきました。
 さて、白雪姫は、ながいながいあいだ棺《かん》の中によこになっていましたが、そのからだは、すこしもかわらず、まるで眠っているようにしか見えませんでした。お姫さまは、まだ雪のように白く、血《ち》のように赤く、こくたん[#「こくたん」に傍点]のように黒い髪《かみ》の毛をしていました。
 すると、そのうち、ある日のこと、ひとりの王子《おうじ》が、森の中にまよいこんで、七人の小人の家にきて、一晩とまりました。王子は、ふと山の上にきて、ガラスの棺に目をとめました。近よってのぞきますと、じつにうつくしいうつくしい少女のからだがはいっています。しばらくわれをわすれて見とれていました王子は、棺の上に金文字で書いてあることばをよみ、すぐ小人たちに、
「この棺《かん》を、わたしにゆずってくれませんか。そのかわりわたしは、なんでも、おまえさんたちのほしいと思うものをやるから。」といわれました。けれども、小人たちは、
「たとえわたしたちは、世界じゅうのお金を、みんないただいても、こればかりはさしあげられません。」とお答えしました。
「そうだ、これにかわるお礼なんぞあるもんじゃあない。だがわたしは、白雪姫を見ないでは、もう生きていられない。お礼なぞしないから、ただください。わたしの生きているあいだは、白雪姫をうやまい、きっとそまつにはしないから。」王子《おうじ》はおりいっておたのみになりました。
 王子が、こんなにまでおっしゃるので、気だてのよい小人たちは、王子の心もちを、気のどくに思って、その棺をさしあげることにしました。王子は、それを、家来《けらい》たちにめいじて、肩《かた》にかついではこばせました。ところが、まもなく、家来のひとりが、一本の木につまずきました。で、棺がゆれたひょうしに、白雪姫がかみ切った毒《どく》のリンゴの一きれが、のどからとびだしたものです。すると、まもなく、お姫さまは目をパッチリ見ひらいて、棺《かん》のふたをもちあげて、起きあがってきました。そして元気づいて、
「おやまあ、わたしは、どこにいるんでしょう。」といいました。それをきいた王子のよろこびはたとえようもありませんでした。
「わたしのそばにいるんですよ。」といって、いままであったことをお話しになって、そのあとから、
「わたしは、あなたが世界じゅうのなにものよりもかわいいのです。さあ、わたしのおとうさんのお城《しろ》へいっしょにいきましょう。そしてあなたは、わたしのお嫁《よめ》さんになってください。」といわれました。
 そこで、白雪姫もしょうちして、王子といっしょにお城にいきました。そして、ふたりのごこんれいは、できるだけりっぱに、さかんにいわわれることになりました。
 けれども、このおいわいの式《しき》には、白雪姫のまま母である女王さまもまねかれることになりました。女王さまは、わかい花嫁《はなよめ》が白雪姫だとは知りませんでした。女王さまはうつくしい着物《きもの》をきてしまったときに、鏡《かがみ》の前にいって、たずねました。

 「鏡や、鏡、壁《かべ》にかかっている鏡よ。
  国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ。」

 鏡は答えていいました。

 「女王さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。
  けれども、わかい女王さまは、千ばいもうつくしい。」

 これをきいたわるい女王さまは、腹をたてまいことか、のろいのことばをつぎつぎにあびせかけました。そして、気になって気になって、どうしてよいか、わからないくらいでした。女王さまは、はじめのうちは、もうごこんれいの式《しき》にはいくのをやめようかと思いましたけれども、それでも、じぶんででかけていって、そのわかい女王さまを見ないでは、とても、安心できませんでした。女王さまは、まねかれたご殿《てん》にはいりました。そして、ふと見れば、わかい女王になる人とは白雪姫ではありませんか。女王はおそろしさで、そこに立ちすくんだまま動くことができなくなりました。
 けれども、そのときは、もう人々がまえから石炭《せきたん》の火の上に、鉄《てつ》でつくったうわぐつをのせておきましたのが、まっ赤にやけてきましたので、それを火ばしでへやの中に持ってきて、わるい女王さまの前におきました。そして、むりやり女王さまに、そのまっ赤にやけたくつをはかせて、たおれて死ぬまでおどらせました。

底本:「グリム 世界名作 白雪姫」光文社
   1949(昭和24)年3月5日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
2005年2月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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