ルンペルシュチルツヒェン RUMPELSTILZCHEN グリム兄弟 Bruder Grimm—–楠山正雄訳

 むかし、あるところに、こなやがありました。水車小屋でこなをひくのを商売にして、まずしくくらしてはいましたが、ひとり、きれいなむすめをもっていました。
 ところで、ひょんなことから、このこなやが、王さまとむかいあって、お話することになりました。そこで、すこしばかり、ていさいをつくろうため、粉屋はこんなことをいいました。
「わたくしに、むすめがひとりございますが、わらをつむいで、金にいたします。」
 王さまは、こなやの話を聞いて、
「ほほう、それはめずらしいげいとうだね。ほんとうに話のとおり、おまえのむすめに、そんなきようなことができるなら、さぞおもしろいことであろう。では、あした、さっそく城へつれてくるがいい。ひとつ、わたしがためしてみてやろう。」と、いいました。
 さて、むすめが、いやおうなし、王さまのところへつれてこられると、王さまは、むすめをさっそく、わらのいっぱいつんであるおへやにいれました。そうして、糸車とまきわくをわたして、こういいました。
「さあ、すぐと、しごとにかかるがよい。今夜からあしたの朝はやくまでかかって、このわらが金につむげなければ、そちのいのちはないものとおもうがよいぞ。」
 こういいのこして、王さまは、じぶんでへやの戸に、じょうをかってしまいました。むすめは、ひとりぼっち、あとにのこりました。
 さて、むすめは、ぽつねんとそこにすわったきり、いったいどうしたらいいのか、とほうにくれていました。わらを金につむぐなんて、そんなこと、まるでわかりようはありません。だんだん、心配になってきて、とうとう、たまらなくなると、むすめはわっと泣きだしました。
 するうち、ふと、戸があきました。ひとり、豆つぶのように小さな男がはいってきて、こういいました。
「こんばんは、こなやのおじょっちゃん、なんでそんなにかなしそうに泣きなさるえ。」
「まあ、あたし、わらを金につむがなければならないのだけれど、どうしてするものだかわからないの。」と、むすめはいいました。
 すると、こびとがいいました。
「わたしが、かわりに、それをつむいであげたら、なにをほうびにくれるえ。」
「この首《くび》かざりをね。」と、むすめはいいました。
 こびとは、首かざりをもらうと、糸車の前にすわりました。ぶるるん、ぶるるん、ぶるるん、三どまわすと、まきわくは、金の糸でいっぱいになりました。それから、こびとは、また二ばんめのまきわくをかけて、ぶるるん、ぶるるん、ぶるるん、三どまわすと、三どめで、またふたつめのわくが、いっぱいになりました。こうやって、あとから、あとからとやっていくうち、朝になりました。もうそれまでに、のこらずまきわくは、いっぱい金の糸になっていました。
 お日さまがのぼると、もうさっそく、王さまはやってきて、へやじゅうきらきら光っている金をみて、びっくりしました。すると、よけい、いくらでももっと金がほしくなりました。
 王さまは、また、こなやのむすめをもうひとつの、やはりわらのいっぱいつんである、しかもずっと大きなおへやへ、つれていかせました。
 そうして、こんどもまた、いのちが惜《お》しかったら、ひと晩でこれを金の糸につむげと、いいつけました。
 むすめは、どうしていいかわからないので、泣いていますと、こんどもやはり戸があいて、そこにこびとが姿をあらわしました。そうして、
「わらを金につむいだら、なにをわたしにほうびにくれるえ。」と、いいました。
「わたしの指にはめているゆびわ。」と、むすめはいいました。
 こびとは、ゆびわをもらうと、また糸車をぶるるん、ぶるるん、まわしはじめました。そうして、朝までに、のこらずのわらを、きらきら光る金の糸にしあげました。
 王さまは、うずたかい金の山をみて、にこにこしながら、でも、まだまだそれだけではまんぞくできなくなりました。それで、またまた、わらのいっぱいつんである、もっと大きいへやへ、こなやのむすめをつれていかせました。そうして、
「さあ、今晩のうちに、これをしあげてしまうのだよ。そのかわり、しゅびよくそれをしとげれば、わたしの妃《きさき》にしてあげる。」と、いいました。
「よし、それがこなやのむすめふぜいであるにしても、それこそ世界じゅうさがしたって、こんな金持の妻《つま》はないからな。」と、王さまは考えていました。
 さて、むすめがひとり、ぽつねんとしていますと、れいのこびとは、三どめにまたやってきて、こういいました。
「さあ、こんどもわらを金につむいであげたら、なにをほうびにくれるえ。」
「あたし、もう、なんにもあげるものがないわ。」と、むすめはこたえました。
「じゃあ、こういうことにしよう。王さまのお妃におまえがなって、いちばんはじめにうまれたこどもを、わたくしにくれると約束《やくそく》おし。」
(どうなるものか、さきのことなぞわかるものではないわ。)と、こなやのむすめは考えていました。
 それに、なにしろせっぱつまったなかで、なにをほかにどうしようくふうもありません。それで、むすめは、こびとののぞむままの約束をしてしまいました。そうして、こびとは、三どめにまた、わらを金につむいでくれました。さて、そのあくる朝、王さまはやってきてみて、なにもかも、ちゅうもんしたとおりにいっているのがわかりました。そこで王さまは、むすめとご婚礼《こんれい》の式をあげて、こなやのきれいなむすめは、王さまのお妃になりました。
 一年たって、お妃は、うつくしいこどもを生みました。そうして、もうこびとのことなんか、考えてもいませんでした。すると、そこへひょっこり、こびとがへやの中にあらわれて、
「さあ、約束《やくそく》のものをもらいにきたよ。」と、いいました。
 お妃はぎくりとしました。こどもをつれて行くことをかんにんしてくれるなら、そのかわりに、この国じゅうのこらずのたからをあげるから、といってたのみました。でも、こびとは、
「いんにゃ、生きているもののほうが、世界じゅうのたからのこらずもらうより、ましじゃよ。」と、いいました。
 こういわれて、お妃は、おろん、おろん、泣きだしました。しくん、しくん、しゃくりあげました。それで、こびとも、さすがにきのどくになりました。
「じゃあ、三日のあいだ待ってあげる。」と、こびとはいいました。「それまでに、もし、わたしの名前をなんというか、それがわかったら、こどもはおまえにかえしてあげる。」
 そこで、お妃は、ひと晩じゅう考えて、どうかして、じぶんの聞いて知っているだけの名前のこらずのなかから、あれかこれか、考えつこうとしました。それから、べつにつかいの者をだして、国じゅうあるかせて、いったい、この世の中に、どのくらい、どういう名前があるものか、いくら遠くでもかまわず、のばせるだけ足をのばして、たずねさせました。
 そのあくる日、こびとはやってきました。お妃は、ここぞと、カスパルだの、メルヒオールだの、バルツェルだの、でまかせな名前からいいはじめて、およそ知っているだけの名前を、かたはしからいってみました。でも、どの名前も、どの名前も、いわれるたんびに、
「そんな名じゃないぞ。」と、こびとは首をふりました。
 二日《ふつか》めに、お妃は、つかいのものに、こんどはきんじょを、それからそれとあるかせて、いったい世間《せけん》では、どんな名前をつけているものか聞かせました。そうして、こびとがまたくると、なるたけ聞きなれない、なるたけへんてこな名前ばかりよっていいました。
「たぶん、リッペンビーストっていうのじゃない。それとも、ハメルスワーデかな。それとも、シュニールバインかな。」
 でも、こびとはあいかわらず、
「そんな名じゃないぞ。」と、いっていました。
 さて、三日めになったとき、つかいのものはかえってきて、こういう話をしました。
「これといって、新しい名前はいっこうにたずねあたりませんでしたが、ある高い山の下で、そこの森を出はずれたところを、わたくしはとおりました。ちょうどそこで、きつねとうさぎが、さようなら、おやすみなさい、をいっておりました。そのとき、わたくしはふと、そのへんに一けん、小家《こいえ》をみつけました。その家の前に、たき火がしてありまして、火のまわりに、それはいかにもとぼけた、おかしなかっこうのこびとが、しかも一本足で、ぴょんぴょこ、ぴょんぴょこ、とびながら、はねまわっておりました。そうして、いうことに、

    
きょうはパンやき、あしたは酒つくり、
    
一夜あければ妃のこどもだ。
    
はれやれ、めでたい、たれにもわからぬ、
    
おらの名前は、
    
ルンペルシュチルツヒェン。

と、こうもうしておりました。」
 つかいの者の話のなかから、こびとの名前を聞きだしたとき、お妃はまあ、どんなによろこんだでしょう。みなさん、さっしてみてください。さて、そういうそばから、もうそこへ、れいのこびとはあらわれました。
 そうして、「さあ、お妃さん、どうだね、わたしの名前はわかったかい。」と、いいました。
 お妃はわざとまず、
「クンツかな。」
「ちがうわい。」
「では、ハインツね。」
「ちがうわい。」
「じゃあ、たぶん、おまえの名前は、ルンペルシュチルツヒェン。」
「悪魔《あくま》が話したんだ、悪魔が話したんだ。」と、こびとはさけびました。そうして、腹だちまぎれに、右足で、したか大地をけりつけると、からだごとうずまるくらい深い穴《あな》があきました。それから、いかりたけって、両手に左足をひっぱるひょうしに、じぶんでじぶんのからだを、まっぷたつにひきさいてしまいました。

底本:「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」小峰書店
   1949(昭和24)年2月20日初版発行
   1949(昭和24)年12月30日4版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:浅原庸子
2004年6月16日作成
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